キングダム 中国で実在キャラ知名度ランキング! 意外な1位は誰!?

キングダム

連載中の人気漫画『キングダム』に出てくる実在キャラの中で、本場中国で知名度が高いランキングをまとめてみました!

日本人が好きなキングダムに出てくる登場人物のランキングはたくさんありますが、「中国人なら誰でも知ってる」ような、キングダムのバイアスがない、もともと有名な実在キャラランキングはあまり見かけないと思います。

日本でいうと、織田信長や豊臣秀吉、徳川家康など日本人なら誰でも知ってる歴史上の人物ランキングと似ていますね。

有名と言うことは、実際に戦いで実績を残した人物です。

春秋戦国時代に実績を残し、2000年以上経っても色褪せない、キングダムの実在キャラとは誰でしょうか?!(ランキングは中国系のYoutube動画を参照しています)

有名すぎてランキング外の実在キャラ

中国で有名すぎて、ランキング対象外の人物がいます。

まずは、誰でも知っている「始皇帝」です。

日本人でも名前だけは聞いたことある人が多いのではないでしょうか?

キングダムでは「嬴政えいせい」の名ですが、中国史上初めて全ての国の統一を成し遂げ、歴史上最初となる新たな称号「皇帝」に即位し「始皇帝」と名乗りました。

圧倒的に1位なので、除外です。

2人目は「呂不韋りょふい」です。

呂不韋は秦の商人に出身で、後に政治家となり、大きな勢力を持ちました。

3000人の食客に編集を命じて『呂氏春秋りょししゅんじゅう』という戦国時代末期の諸子百家の思想や種々の伝説などを集めた、一種の百科事典を作り上げました。

日本人では、知っている人が少ないと思いますが、中国では有名なので除外です。

第5位 廉頗

廉頗

第5位は、ちょうの元三大天「廉頗れんぱ」です!

“趙の元三大天”というワードは作者原泰久さんの創作でしょうが、その3人「廉頗」と「藺相如りんそうじょ」と「趙奢ちょうしゃ」は実在します。

廉頗は趙の将軍として紀元前283年に斉を攻めて大勝し、のちに藺相如と組んで斉や秦と交戦し、趙の防衛に貢献しました。

すでに猛者として列国に知られていた廉頗でしたが、秦の謀略で将軍をやめさせられ、代わりに趙括ちょうかつが総大将となりましたが、秦の白起による敗戦(長平の戦い)がきっかけで将軍に復帰しました。

長平の戦いで趙は滅亡の一途をたどっていきまいしたが、廉頗は老骨に鞭打って戦争に参加し、燕軍を大いに破り、逆に追撃してえん都のけいを包囲し、燕から5城を取って和睦しました。

その後も廉頗のいる趙に秦は手出しができなかったと言います。

廉頗はキングダムの描き方通り、本当に強かった将軍ですね。

第4位 楽毅

楽毅

第4位は「楽毅がくき」です!

上の画像にいっぱい解説して頂いているので説明はほぼ不要ですが、キングダムの舞台より少し前の戦神「昭王」に使えていた燕の将軍ですね。

三国志では諸葛亮孔明をして「自分の目標とする人物」として言わしめた人物です。

中国でも尊敬を集めている人物のようです。

第3位 王翦

王翦

第3位は泣く子も黙る「王翦おうせん」です!

キングダムの最新刊57でも秦の総大将として絶賛交戦中ですが、この王翦も史実上の人物です。

ネタバレになるので詳しい王翦の史実は言えませんが、秦の天下統一に貢献した春秋戦国時代末期を代表する名将だったと言われています。

第2位 李牧

李牧

第2位は天才軍師「李牧りぼく」様です!

キングダムで「ぎょう」をめぐる全面戦争をしている最中の李牧ですが、王翦と同様に実在した人物です。

司馬遷は李牧を「守戦の名将」と位置付けました。

と言うのも、趙の北方の国境を警備していた若き日の李牧は、匈奴きょうど相手に独自の軍制をしき、攻撃力の高い匈奴相手に守備を固める作戦にでたからです。

李牧は決して仕掛けず、間者(スパイ)を多くはなって情報戦を制し、徹底的に籠城しました。

その時の王、孝成王こうせいおうはプライドが高かったため、戦わない李牧に弱気だと怒り、罷免させてしまいます。

しかし李牧の後任者は攻めに出て失敗し、匈奴は国境に侵入してき、焦った孝成王は再び李牧を任命しましたが、李牧は病気だと称して断ってしまいました。

そこで孝成王は李牧のやり方に任すことを許すと、李牧は引き受けることにしました。

李牧は匈奴の小隊に対してわざと敗走し、多くの物資を略奪させ、李牧を侮った匈奴軍は大軍で趙軍に攻め込みます。

そこで李牧は複数の兵を分けて配置し、猛進してくる匈奴軍に対して左右から伏兵で挟撃し、10万以上の匈奴軍を撃退しました。

これで趙が匈奴から侵略されることはなくなり、李牧の名は一躍趙国内で広まりました。

史実では、あの桓騎かんきにも勝ったとされる李牧。

本当に相当な切れ者だったのかもしれません。

第1位 白起

白起

なんと、意外な第1位は、信でも王騎でもなく「白起はくき」でした!

キングダムでは出番がほぼありませんでしたが、昭王に仕えた秦六大将軍のひとりである白起は言うなれば「無敗の男」

司馬遷は史記で白起を「敵の能力を図って作戦を変え、奇策を無限に繰り出した。彼の勢威は天下を震わせた」と評しています。

白起は戦えば必ず勝つ無敗の将軍として、秦では軍神として崇められます。

あまりにも勝ちすぎて、味方であるはずの昭王の側近である宰相が自身の立場を危ぶみ、病欠をした白起を徹底的に責めて昭王が怒るように仕向け、白起を自害に追い込みました。

趙が廉頗を将軍として再雇用するきっかけになったのは、「長平の戦い」で白起が趙に大勝利してその時の趙の将軍、趙括が戦死したからでしたよね。

そして長平の戦いでは捕虜20万人を生き埋めにした白起ですが、彼は殺戮しがちな将軍でした。

と言うのも、彼のデビュー戦である伊闕いけつの戦いで24万人を斬首し、その後、華陽の戦いで13万人、陘城けいじょうの戦いで5万人を斬首し、長平の戦いと合わせると60万人以上を斬首やら生き埋めやらで殺しています。

恐るべし白起ですが、実際それほど強かったのでしょう。

キングダムでは史実以外の戦績を脚色したりしますが、唯一、史実が描写を凌駕している将軍ではないでしょうか(そもそも出番が少ないですが)。

中国でキングダムの実在キャラの中で一番有名なのもうなずけます。

信と王騎は?

キングダムの主人公、李信と天下の大将軍「王騎おうき」がランク外なのは意外ではなかったでしょうか?

李信の子孫はすごい一族になりましたが、信自体は中国ではあまり知られていないようです。

信の子「李超りちょう」は漢の大将軍になり、信の孫「李広りこう」は武帝時代に活躍し、匈奴から恐れられ飛将軍と呼ばれました。

さらに信の孫「李広」の孫「李陵りりょう」は匈奴を相手に奮戦しながらも捕虜となり、それが”寝返った”と誤解され、唯一李陵の無実を訴えた「史記」を執筆した司馬遷が投獄され宮刑に処されるという悲劇を生みました。

さらに、信の子孫は詩人として有名なあの「李白」や唐を建国した「李淵りえん」と唐の2代皇帝「李世民李世民りせいみん」も子孫と言われています。

王騎は王齕おうこつと同一人物説があり、はっきりとした記録が少ないことが原因で、王騎は有名でないのかもしれません。

実在キャラの中国での有名度ランキング!意外な結果に?!
廉頗 Wikipedia
楽毅 Wikipedia
王翦 Wikipedia
李牧 Wikipedia
白起 Wikipedia











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